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創造と迷走の日々。

06.22.13:50

◆風変わりな骨董屋の偏屈な弟子

先生に師事――といってもしている事は雑用と留守番くらいだけど――して随分経つけれど、先生の言う「ロマン」の一つが僕には未だに理解出来ない。

先生には
“幻想世界に語り継がれる存在を生物学で暴こう”
とするような所がある。
本人曰くそれは「学者気質」のなせる業であり「幻想動物を分析し、確かな存在感を知る」有意義かつ知的作業だそうだ。

先生の事は尊敬しているし、先生の理論が精巧で思わず学者を唸らせる程のものなのは認める。
だけど僕としては……『幻想動物』に憧れを抱き先生に弟子入りを志願した僕としては、何と言うか複雑な思いになる。


ドワーフや猪八戒を遺伝子学と結びつけて語ると人権尊重派が脊髄反射のように顔をしかめるが、僕が抱いているのはそういった人道的嫌悪ではない。

単純に……無粋だと思っている。

幻想動物を聞きかじった素人にはありがちだけど、ライカンスロープとズーノーシスを結びつけて想像するとか……そんなのは、まだいい。
僕が嫌いなのは、神に近き獣いわゆる神獣の存在について、その信仰の出所を「昔の人々が無知故に受けたインパクト」だと主張する邪推だ。


「龍は年経た大蛇を見た者が印象から創作した神獣」
「鳳凰は見慣れぬ異国のゴクラクチョウに魅了された者のイマジネーションの産物」

繰り返すが、こんなのは分析じゃない。邪推だ。
その昔、近代化の渦中にあった日本人にはこういった
“幻想の看破=知”
という風潮があったそうだがこれに良く似ている。
国民総「幽霊の正体見たり枯れ尾花」教。
取り憑かれたように、未知と無知を混同し、また研究とこじつけを混同して知識人を気取っていた。


先生はそんな輩とは違うけれど、先生が変わった生き物を手に入れて「これがあの妖怪の正体だったのだ!」などと興奮する度どこか無粋さを感じてしまうのは確かだ。


龍は蛇という生物を誇張した妄想でなく「龍」であるし、鳳凰はゴクラクチョウの神格化でなく「鳳凰」だ。

野生動物に面影を探してルーツをこじつけるなんて、それこそロマンの対極じゃないか。


……先月の頭、届いた手紙の内容を嬉しそうに語る先生を見た時も、僕は例にもれず不機嫌になっていた。

『玄武』……その名を冠するカメが捕獲されたという知らせが、僕の耳には無粋に耳障りだったから。




玄武。
言わずと知れた、中国・日本に伝わる五行思想の神獣で、青龍・朱雀・白虎とともに「四神」に数えられる象徴的存在だ。

その姿は大蛇のとり巻く黒色の水亀とされ、亀蛇一体で一頭の神獣である。

“玄”は黒――五行では水、北、冬に割り当てられる色――を表し、“武”は武装、すなわち鎧のような甲羅をまとった姿を表している。
武装した黒い神という概念は道教において「玄天上帝」なる北方七宿の武神に転じ伝えられた。


先に述べた通り玄武は方位やエレメントを記号化した“象徴的存在”である。
妖怪のように人々の側に息づく生物的なものではない。従って、玄武を見たとか、玄武を捕らえたなどという記述は残されていない。
当然だ。
玄武は神格のみの存在で生物としての個など持たない神獣なのだから。
人の世に「生息しない」のは当然……のはず、だった。


「玄武は、オオアタマガメを見た者がその奇抜な姿を神格化したものじゃないかと考えた事があった。黒化個体を見たとすれば不自然ではないからね」
手紙の到着から数日後、追って届けられた海外便を開封しながら先生はこう口走った。

オオアタマガメは甲羅に収まらない巨頭を硬い甲殻で“武装”し、ネズミのような長くしなやかな“蛇に似た”尾を木に巻きつけて立体活動するアジアのカメだ。
武装と蛇の特徴。
これが黒化していたとなれば玄武っぽい……というのが先生の考えらしい。

成る程推理ごっことしては70点だ。
しかし幻想動物を語る理屈としては個人的に15点である。
僕は内心でそう嘯きながら、お茶をいれて先生をぼんやり眺めていた。

やがて段ボールの梱包が解かれ、浅く水の張られた水槽が取り出される。

そこには、巻き貝だらけの水草と一緒に、曲頸類と思しき一匹のミズガメが入れられていた。


僕は思わず荷札を確認する。
発送元は中国。先立って先生に届いた手紙にも、中国でカメが捕獲されたと書かれていた。
中国で捕獲された曲頸?
なけなしの知識がやんわりとした矛盾を感じさせる。曲頸は主にオーストラリア、アフリカ、南米に分布するカメではなかったか……


僕はもう一度カメに注目する。
甲長以上の長さの首は、やはり、首をすくめて甲羅に収納する潜頸類のものではない。
だとするとやはり、これは首を平行にくの字ないしS字に曲げて甲羅に沿わせ頭部を守る曲頸類である。

また、色彩は甲羅から皮膚に至るまで黒い。


……成る程。
曲頸の一部を“ヘビクビ”などと呼ぶのは知っている。そしてそれに中国で発見された希少性と体色の黒が相まって『玄武』か。
先生に財布の紐を緩めさせる売り文句だか、珍獣を珍重したり物に神獣の名をつけて縁起担ぎをする中国人の趣味から知らないが、この外見というだけでたかだかカメに玄武の名を冠すとは。

幻想動物に憧れる者として僕は憤りを感じる。
何故素直に“珍種”とだけ呼ばないのか。


そんな僕にも、僕のいれた茶にも目もくれず、先生は水槽を覗き込みカメに夢中になっていた。
「首が長すぎるくらい長いな」
呟くと、手を伸ばしてカメの頭をつつこうとする。
曲頸にしても長すぎる首がどう収納されるのかを見たいのだろう。

……が、カメは首を収納するどころか、長い首を悠々と動かし先生の指を避けた。
再び試す先生、しかし結果は同じだ。
びくりとして首をしまうカメらしい素振りはまるで見せない上、先生の指に触れさせる事さえ無い。
何だか胆の据わったカメだ。
僕がそう思った時、カメは信じられない動きを見せた。
首を曲げたのだ。
曲頸の……平行に折り畳む曲げ方ではない。
縦にくねらせて、そう、丁度記号の“Ω”のように。
もたげた首を途中から曲げ下ろした。
どんなに首の長い曲頸類でもこんな動きをするのは無理だ。首の長さというよりカメの骨格がそれを許さない。


突然、先生がカメをつかみあげた。
胴体を膝に乗せ、片手でカメの顎あたりを押さえると……もう片方の手でいきなりカメの目玉を突いた!

寄生虫でも見つけたのかと思ったがそうではなかった。
先生は繰り返し繰り返しカメの目を指でつつく。カメは手足をばたつかせてはいるものの“目は無抵抗だ”。
瞼を閉じない。
瞬きをしない……

「レンズだよ。それも、かなり丈夫だ」
興奮して僕を呼ぶ先生。先生がカメを持つ、顎を押さえるその手つきが、ヘビを保定する時のものだとその時気がついた。




カメの“カメ離れした首さばき”に魅了された先生は、今度はどう餌を捕らえるかをブツブツ予想しながらカメを運び、庭の池に放した。

庭の池にはフナやメダカがいる。カメの口に入る大きさの魚はたくさんいる。
……のであるが、季節は今、立春前の一月末、冬である。

魚達が池の底でじっと動かず寒さに耐えている水温だ。
魚と同じく変温動物であるカメの食欲がわくような温度ではない。

少し考えれば分かることだというのに、エキサイトしている先生はこういった常識が見えなくなる。
……ほら見た事か。
先生はカメを放した体勢のまますぐにハッとしてつかみ戻しにかかった。

見かねて庭に降りた僕を、先生は急に緊張した様子で手招きし呼ぶ。


先生に促されて見下ろす僕の視線の先で、カメは池の底を歩き、じっとしている小ブナを見据えている……と思った途端、凄まじい速度でフナに食らいついたではないか!!

これには目を疑った。
カメの鼻先はフナから20センチは離れていたのだから。
首を縮めた状態でその距離まで近づき、フナに気づかれるより先に、首のしなりで小さな頭を繰り出してフナを捕らえた。


この瞬間、今まで口にしなかった、思っていても意地でも口にしなかった決定的な言葉が僕の口をついて零れた。
「ヘビだ」

このカメはヘビだ。
カメでありヘビなのだ。


水中にあって尚重厚な威厳のまとうカメを見つめる僕の肩に、今年最初の雪が舞い降りた。

カメの裂けた口に捕らわれた獲物は、長い首の食道を膨らませありありと胴へ飲み下されてゆく。


ヘビの頭部と漆黒の身体。
首をすくめる臆病さを持たぬ武勇は目までを“武装”する。

雪の落ちる水面の下で悠々と練り歩き餌を食らう様は、魚を縛る寒さの呪縛さえ味方につけた冬の水底の支配者。

「玄武」

……以外の、何者でもない。





「寒冷な環境でも代謝を保つ生物の身体について調べてみたんですが、恐らく、血ですね。蛋白質を混ぜて血の結晶化を防ぐ生物がいるそうです」

僕がノートにとったメモを読み上げると、先生は口の端で笑い、頷いた。

「もしくはアルコール、糖ないしグリセリンを血に混ぜている。不純物を多くし凍らない血を作っている、とも考えられる」

机に頬杖をつく先生の手元には、あのカメ――玄武――とともに届けられたメモと写真が広げられている。
「ところで、この写真をどう思う?“玄武”に似ているが、止水域に生息するものだそうだ。若干姿が違っている」

先生の指が示す写真は、庭にいるものと似た、しかし明らかに別の“ヘビの首を持つカメ”が写されたものだ。
毒蛇を思わせる頭、角ばった甲羅が特徴的だった。

「現地では……“吉弔”と呼ばれているそうだ」

言いながら、先生は試すような目で僕を見た。
そしておもむろに立ち上がり、愛用の便箋と万年筆、中国語辞書を重ねて机の上をこちらに滑らせる。
便箋の上の封筒には既に先生の字で宛名が書かれていた。
宛先は中国。
あの“玄武”を送ってきた北方の村の漁師。

「君に任せるよ」
それだけ言うと、先生は庭に出て池の方へと向かって行った。そして、子供のようにしゃがみ込み池を覗き込む。


机の側に立ったまま、先生の残した茶菓子をかじる僕は、持て余している“推理”に思いを馳せた。
(……どちらが基亜種だろう)
頭の大きい“吉弔”が、流水域に進出して頭を小さくナミヘビ型にした?
それとも止水の大型魚を捕らえる為に“玄武”が毒を得、ハブのような頭に進化した?


……いずれにせよ、届いてみれば何らかの発見はある……!


熱にうかされたように万年筆を握り辞書を開いて、僕はふと、皮肉めいた自嘲をもらす。


どうやらいつの間にか、僕はしっかり先生の“弟子”に教育されていたようだ。




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